中高年からの中国語 ~おっさん中国語を極める

2021年2月27日

中国語の学習者も、いろいろですが、なかには、40代以降で、必要に迫られて、あるいは興味を持って、新たに学習を始めた方もいるのではないかと思います。

ただ、始めてみると、これがなかなか大変で、若い時と同じわけにはいきません。

例えば、さっき講師に言われたことを、10分後には綺麗さっぱり忘れてしまっていたりしたことは、中年おっさんであれば、誰しも、身に覚えがある経験ではないでしょうか。(もちろん自分も含め)

語学というのは、教室で記憶したことを、まだ日が浅いうちに、実際に使うことによって、初めて身につくものですが、「おっさん」の場合、そもそも、使う前に忘れてしまうので、身につきにくいです。

「なんか、教室で習ったことあるなあ。」というのは覚えているが、それが何であったかは具体的に覚えていない。で、結局、記憶と経験が結びつかず流れてしまう。まさに、浜辺に打ち寄せる波の前に溶けていく砂の城といった感じなんですね。

要するに、語学というのは、我々おっさんにとっては、非常に冷たいということを、先ず認識せざるをえないということです。

まあ嘆いてみても、仕方ありません。では、我々おっさんが、中国語を習得するのは、無謀なことなのでしょうか?

いや、そんなことはありません。おっさんには、おっさんの戦い方があるのです。

1 範囲を絞り込む

砂のように消え去ってしまう記憶に対しては、とにかく範囲を絞り込み、繰り返し練習する。これに尽きます。要は局地戦に持ち込むことです。

その際、範囲の切取り方が重要で「ああ、これはおそらく理解はできるけど、使わないだろうな。」というものは、あまり力を入れません。また、そもそも理解できないものなど論外です。

テキストばかりたまる一方で、全然、効果がないという方は、なんとなく漫勉と何冊もやるよりは、一冊の本を、何回も繰り返して、例文を覚え込むまでやりこむほうがいいかもしれません。確かに、スクワット練習と同じように、単調でつまらないかもしれないですが、会話重視の場合、かえってそちらのほうが早道という気がします。

2 「道具」と割り切る

語学というのは、最低限のコミュニケーションをするための「道具だと割りきればいいと思います。そうすれば自ずと、やるべきことはみえてくるはずです。

例えば、切れ味の鋭い、ワンフレーズで通じる表現をしこんでみるのもよいでしょう。

「差不多(だいたいいいです)」「到时候再说(また後で)」「随便(動詞)・・(適当に・・・してください)」などなど、こういったワンフレーズ表現を知っておくと、とりあえず、話のつぎ穂ができたり、中国人からの執拗な追求を逃れたりすることができ、会話をするにしても精神的な余裕ができます。

こちらが具体的な回答をすると、相手も具体的に質問をしてくるので、それに対して又、具体的な答えを考えなければならず、疲れてしまいます。かといって、何も話さないと、関係が気まずくなるので、こういう、とりあえず的な表現を知っておくと便利です。

3 「正しい」より「通じる」を優先

また、「正しい」より「通じる」を優先したほうがいい場合もあります。

「吃饭/chifan」 がいいにくければ、中国の南方人が言っているようにツーファンと言ってみたり、「少(shao)」が通じにくければ、saoと言ってみる。

「zhao shao chao」 のような北方音は、日本人には難しいので、hを抜いて「zao sao cao」にすると楽に発音できますし、また、そのほうが通じやすいです。

誤解がないように言いますが、別に、教科書的な発音を否定しているわけではありませんし、できれば、そり舌音「zhi chi shi ri」など、正式な発音ができるに越したことはありません。しかし、年をとってくると、これらの音は非常に難しいので、中途半端に正しい発音をしようとして、通じないよりは、通じる発音をしたほうが、少なくとも精神衛生上、健全だといいたいのです。

要は、あくまでも、次善の策ということです。

4 余計なプライドを捨てる、間違える勇気を

あと、これが、最も難しいことかもしれませんが、余分なプライドを捨てるということが大切と思います。

人というものは、年を取るに連れて、だんだんと恥をかくのが億劫になってくるものです。特に、中年おっさんの場合、プライドばかり高くなって、間違えるのが恥だと思ってしまうわけです。しかし、時として、その富士山より高いプライドが、言語学習を阻害してしまうのです。

発音のミスを指摘されるたびに「なんで、こんなに偉い「自分」が、そんなこと言われなきゃならんのだ?」と感じたり、ローカル店で中国人に「はああああ?」と言われ、凹んでしまい(プライドがたがた)、話す気力が無くなったり。

その点、女性のほうが、変なプライドがないぶん、素直に話そうとすることができている気がします。とにかく間違いであろうが、何であろうが、躊躇なく使う。使うから、身について、自信がつく。自信がつくから、また話すという好循環。

語学には結構、そういう軽さが大事だったりします。

5 お金で時間を買う 「大人買い」

おっさんになると、記憶力や体力は減退するかもしれません。また仕事に忙しいので、勉強する時間もとりにくいでしょう。そのかわり、若いときよりは、多少、懐に余裕があるはず?なので、お金をかけて、意識的に学習環境を作り出すことはできるはずです。

要するに、お金で時間を買って、環境を作ってしまうということです。言い換えれば「大人買い」してしまえということです。

6 自己満足でもよい

そもそも中国語を学ぶといっても、20代で中国語を学ぶということと、中年以上で、中国語を学ぶということでは、意味がぜんぜん違います。たとえば、HSKなんかでも、20代で取得するのは、転職の時に役立つ場合もありますが、中年以上で再就職等で役に立つか?といわれれば、正直、微妙と言わざるをえません。

何かに役立てようという意識を捨て、肩の力を抜いて、楽しみとして、やっていけばいいのではないでしょうか。まあ、一種の自己満足であるが、それでいいんじゃないでしょうか。自分の周りにも、50代、60代で中国語を勉強している人がいますが、勉強するという意欲があるという時点で、すでに気持ちが若いと思います。

 

写真:おっさん青空将棋、開催中!!(写真は2年くらい前に撮ったもの)